亜希子さんは仕事をしながら3人の子どもを育てた私の母親です。先月、久しぶりに実家に帰省したので、母・亜希子さんにインタビューをしてきました。そこで見えたのは、ひとりの日本人としての『和の心』をもつ女性の姿でした。
年季が入りすぎた母の料理本
―お母さーん。最近自分の周りの人に好きな本を聞いてインタビューしてるんだけど、お母さんもそういうおすすめ、ない?
「本読まんもんねえ。
でも『栗原はるみ』の料理本はたくさんもっとるよ。ほら。」

母が好きな料理家『栗原はるみ』の大量の料理本。
―だいぶ年季がはいってるね。

特に年季が入った1冊目。
栗原さんのレシピで『手の込んだ料理に』
―よく「今日は栗原さんの○○(料理名)作った~」とか言ってたよね。
でも、栗原はるみの料理本は何がよかったの?
「そうねえ。栗原はるみの料理は一癖あって、手込んでる感じがでるけん、惹かれたのかも。」
亜希子さんの母・よし子さん(筆者の祖母)は子どものころから、カレーやお好み焼き、唐揚げといった ”定番料理” をたくさんつくってくれました。だからこそ亜希子さんは、一風変わった栗原さんの料理が一層興味を引いたのです。
斬新なアイデアのレシピ―『にんじんしりしり』
―栗原さんの料理本の中での思い出の料理は?
「『にんじんしりしり』とか。これはにんじんを千切りするっさ。にんじんの千切りなんて当時の私には斬新やった。」

栗原はるみのにんじんしりしりのページ(正確には『にんじんとツナの卵炒め』でした)。破れるほどめくっていたのだろうか。
子どもに伝えたい『日本の節目』
「お母さん(よし子)が生きてた時は、正月の集まりには毎年手作りのおせちが並んでたよね。
だけど私が母親になってからおせちを作ったことが無かった。代わりによくオードブルを注文しよった。」
祖母(よし子)は6年前に他界しましたが、料理が好きな人で、正月は祖母の家に親族みんなが集まりました。
そこには必ず祖母の手作りおせちがありました。祖母は年末になると一人キッチンに立ち、せっせと正月の準備をしていました。
私がおせちを作らないといけない―母親として、日本人として。
「ある年の年末にね、ふと思ったっちゃん。
私がいつか自分の子ども達に『母がおせちを作っていた記憶はない』と言われるのはどこか抵抗があるなって。だって自分の母親はいつも作ってくれてたから。
それでまた栗原さんの料理本を買って、初めておせちを作ったよ。
たぶん、ちゃんとした母親でありたかったっちゃろうね。これを作らんやったら、もうこの節目(正月)を大切にする人がおらんくなる、と思ったのかも。」
亜希子さんの苦手な食べ物は、『肉』。
そんな亜希子さんは、『肉』が全く食べられません。肉の種類や調理方法に問わず苦手なのです。
筆者にとって母が肉を食べないことは当たり前でしたが、考えてみると、肉が好きじゃない人なんて滅多にいません。
―肉はどうして苦手なの?
「ばあちゃん(筆者の曾祖父母)の家で牛とにわとりを育てよったっちゃん。
その牛から牛乳をしぼったり、にわとりの卵を取ってきたりしよったっさ。
その牛乳とか卵はまだ生温かくて。”さっきまで生きてたもの”って感じが強くて、その食べ物を見ると生きてた姿が浮かんでしまうと。
それで今は、肉の触感に生きていた感じを想像してしまって食べられん・・・。」
―魚は?
「小さいときは魚も嫌やった。だけど、お母さん(よし子)に一回怒られたっちゃんね。
『魚も食べんやったら、なんば食べるとね!!』って。
今では魚を美味しく食べられるようになったよ。」
祖母(よし子)は肉が食べられない亜希子さんに、祖父や姉妹には肉の料理を、亜希子さんには魚の料理を別メニューとしてを用意してくれることもありました。
祖母は亜希子さんのことを想い、家族が一緒に食卓を囲めるよう工夫していたのですね。
日常に溶け込んだ、和の心。
3年前から亜希子さんは週末、茶道 に励んでいます。
来客があるときや親族が集まったときには美味しい和菓子と供に、本格的な お抹茶 を 点(た)ててくれます。
亜希子さんの暮らしの中には 和とおもてなしの心 が溶け込んでいます。

和装を嗜む亜希子さん。
この時代にこそ、日本の文化を伝承したい
祖母・よし子が毎年作ってくれたおせち。
肉が苦手な亜希子さんを想う祖母の献立。
祖母のあたたかな想いがいつの間にか、亜希子さんの ”もてなす心” を芽生えさせたのでしょう。
亜希子さんのささいな和のおもてなしが、日本文化の継承として次の世代へとつながっています。

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